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シュタイナー、したいなあ

シュタイナーについて思うこと

2006-6-22「いか超」勉強会

いか超」の読み合わせ。前回の続きより

P209~P221まで読み進み、とうとう読み終わった。
◆生と死 - 境閾の大守護霊
●「その不完全さは同じこの世の現実の中でしか、完全にすることができないこと」
→肉体をもたないと、完全な形へ進化できない。死んで霊界に行ったとしても、進化できないということか。超感覚的な能力もこの世でしか獲得できないそうだ。

●「超感覚的世界は感覚世界への移行を必要とした。その世界は、その移行なしにはそれ以上発展しえなかったであろう。」
→感覚世界から理想的な世界(超感覚的世界)へ帰るというイメージを持っていたが、超感覚的世界も変化するわけだ。帰ったら、以前とは全く違うのかもしれない。(以前を覚えているかは定かではないが)

●「死とは、かつての超感覚的世界がもはや自分自身によってはそれ以上前進できない地点まで到達してしまったことの表現以外のなにものでもない。」
→生きている私は、まだ進化できるということか?

●「人が常に白い道を選ぶという保証はどこにもない。」
→境閾の小守護霊から境閾の大守護霊への段階でも、自分の利益にこだわるような人がいるのか!?と思ってしまう。自分の利益にこだわるならば、ここまでこれないのではないのかと思うのだが。

●「弟子が自分の意志で献身的に共に働こうとするようになるまで、弟子を超地上的世界から引き離しておくことも導師の使命である。」
→超感覚的世界が見れないのは、資格がないということか。焦ったり望んだりすること自体おかしいということか。超感覚的世界の獲得は、望むものではなく、結果として獲得されるものであるということですね・・・。どうしても望んでしまうのですが・・・。

(所感)
今回で、「いか超」は終わり。エクササイズしてないなあ。
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  1. 2006/06/24(土) 13:39:18|
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