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シュタイナー、したいなあ

シュタイナーについて思うこと

2006-6-8「いか超」勉強会

いか超」の読み合わせ。前回の続きより

P197~P208まで読み進めることができた。
◆境閾の守護霊
●「霊妙な身体部分(エーテル体とアストラル体)の内部で、意志、思考、感情の間の結合帯が解かれはじめたとき、人間は前者の守護霊と出会い、この結合帯の解消が身体の肉体的部分(特に頭脳)にまで及ぶとき、「境閾の大守護霊」と向き合う。」
→魂の十二感覚とか、魂の諸力の思考・感情・意志とか言われるので、魂の中にあるのかと思ったりしていたのだが、エーテル体もやはり関係しているのか…。そこで、「意識」を理解していないことに気づく。意識がなければ、思考・感情・意志は存在しようがない。「意識」を調べると…、2ページ強にわたり書いてある!(シュタイナー用語辞典P41~P44) 「過去から未来へと向かう無意識の表象の流れ(エーテル体)と、未来から流れてくる心魂内の欲望の流れ(アストラル体)が交わることによって意識が発生する。」とあり、やっぱりエーテル体も関係している訳だけど、まとまらない。「意識」を意識して今まで読んでいなかったことにも気づく。

●「たとえどれ程恐ろしい姿に見えようとも、この守護霊の姿は修行者自身の過去の生活の結果に過ぎない。この姿は過去の生活が作り上げた修行者の性格である。」
→意志、思考、感情の分離しても、恐ろしい姿なのであれば、分離する前はもっと恐ろしい姿ということか。だから、見えないで色々なアクシデントなりで導いているのかもしれない。

●「修行者は境閾の守護霊と出会った時から、彼自身の個人的な立場を意識するのみならず、民族や種族によって与えられた使命に対して意識的でなければならない。」
→普通の人は、無意識で、民族や種族の意図に従って働いているようだ。でも、目覚めてしまったら、意識的に、その意図を自分に付け加えることになるように思うようだ。そう思えないのは、意志、思考、感情が分離していないからで、分離すればそう思うようになるようだ。なんだか、操られているような感じだ。

●「血族、民族、人種の守護霊たちがそのありのままの姿を現す。」
→ということは、この守護霊よりも、高次の段階まで進んだということか。それは、遠い遠い先の話だ。

(所感)
カルマは、一般的には、悪いことの様に思われているが(私だけ?)、自分のカルマは、自分のしたいこと使命であるということだ。カルマを増やすともよく言われるが、それは、本来進むべき方向ではないことをしたため、それを修正するためにしなければならないことであり、本来の使命を行えるためのもの。また、カルマには外的なカルマと内的なカルマが存在し、外的なカルマは、他の人がしても良いようだ。シュタイナーがしたゲーテの仕事は、実際は他の人のカルマだった。

あと、一回で、「いか超」も読み終わる。次は「芸術と美学
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  1. 2006/06/09(金) 11:41:47|
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