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シュタイナー、したいなあ

シュタイナーについて思うこと

国家の品格

国家の品格
国家の品格を読んだ。(久々にシュタイナー関連でない本だ)
AMAZONの今売れている本[社会・政治]でトップ(2006-5-21現在)のようなので、もうみんな読んでいるかもしれない。

レビューを見ると、「日本人なら、ぜひ読むべき!」的なものが多いので、私の視点で感想を。(ネタバレあり)

私なりに簡単にまとまると
  1. 民主主義は、「成熟した判断が出来る国民」という前提であるが、「国民は永遠に成熟しない」。そのため、国民を誘導できるマスコミが世論になってしまう。

  2. なにをもって自由と定義するのか? 平等と定義するのか? 自由・平等の民主主義などはあり得ない。

  3. 「論理」「効率」「損得」だけでは、世界は破綻する。「武士道」を復活させれば、日本がよくなる。幼いうちから悪いことは悪いと教えるべき。
こんな感じなのだが(あまりに簡単にまとめすぎ?)、
日本人のよさを見直すにはよい本かもしれないが、「論理」が短絡的な気がする。(論理では世界が破綻するといいながら、論理的な結果のような気がする)

世直し論としてなどよりは良いのだが、この本には具体性がない。

世直しを考えるならば、トップダウンではなく、ボトムアップしかないと思う。もはや、国や企業のトップでは、世直しすることは不可能。しがらみがありすぎる。

ならば、国民一人一人から変えていくしかない。しかし、「みんなで一斉論」も非現実的なので、少しづつ良い方向に変えるしかない。少しづつ変えるには、自分の生活を変えていくしかないというのが私の考え。

自分の生活が、理に適った状態で、だれでもできるやりかたで、平穏に暮らしていれば、よいと思った人は勝手に真似をする。他の人を、勧誘・説得する必要はない。自然に広がる。

自分の生活を「武士道」に変えるというのもよいのかもしれないが、そのまえに、お金だけの世の中にどっぷり浸かっている状態を変えねばならない。そのために自分ができることとは、お金のために自分の時間を犠牲にしないこと。自分の人生は自分のために自分のしたいことのために使うこと。(=精神の自由)

私は、それを実験しているといってもよい。(試行錯誤の経歴) 多分、だれでもできることである。仕事のあてもないのに、世の中のためになっていないと感じた仕事を辞めること。自分の使命ではない仕事を辞めること。

お金に縛られない暮らしの実現が、やろうと思えば誰でもできるということを自分の生活で証明できればと。(悪意に対するもっとも正しい戦い方は善意を実現することにある。

証明はまだされていない状態なので、これからどうなることやら。(当然ながらこの文章を読んで、実際に仕事を辞めても責任はもてません。)

お金に縛られない暮らしをみんなができるようになれば、なにか不正をしている企業であれば、その企業から人が次々と止めていくだろう。原発の職員も次々と辞めていくだろうから、原発は自然に止まるだろう。(単なる願望)


この本で一番印象に残ったのは、お茶を考えても日本では茶道にしてしまう、花も華道に、字は伝わればいいのに書道に・・・、香道、剣道、柔道など、なんでも芸術にする。というところ。日本人は、普通に生活するだけで、生活芸術ができるのかもしれない。
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  1. 2006/05/22(月) 00:19:37|
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