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シュタイナー、したいなあ

シュタイナーについて思うこと

2005-2-2「いか超」勉強会

まず、前回の続きで新約聖書のヨハネ福音書の10章~の読み合わせ。羊飼い(キリスト)が「自我」で、柵の外が「自我」に目覚めていない人。柵の中が霊我以上の状態。柵の中が羊が羊飼いによって自我に目覚めた人々。だが、羊飼いの門を通らずに入るのは盗人(異端者?マガイモノ?)。

続いて「いか超」の読み合わせ。
P102~P113まで読み進めることができた。
●常に怒りを克服しつつ、恐怖、迷信、独断、虚栄心、功名心、好奇心、饒舌や、差別する態度も克服しなければならない。

●「私が他人と異なる意見をもっているかどうかはどうでもよい。大切なのは、私の方から何かをつけ加えたら、その人が自分で正しい事柄を見出せるようになれるか、ということだ」一切の神秘修行の主要手段の一つである温和さを獲得する。

●「ふさわしい成熟に達したなら、いつかはそうあるべき自分になるであろう」恣意的に高次の力を引き寄せようなどとは決して思うな。この教えを守らねば、どんな努力もむなしい。

●子供のころ、都会の中で過ごした人は、バガヴァッド・ギーターヨハネ福音書、トマス・ア・ケンピス(キリストにならいてキリストにならう)で魂の養分とするべきであろう。

◆神秘修行の諸条件
●神秘修行の諸条件は確かに厳しいが、しかし苛酷ではない。(斉藤一人さんの言葉「やってやれないことはない。やらずにできるわけがない。」を思い出してしまう)

●第一の条件。肉体と精神の健康に留意すること。完全な霊的健康のための努力である。不健全な心情生活と思考生活はどんな場合にせよ、人を高次の認識への道から遠ざける。

(所感)
結構当たり前のことが書かれているし、さすがに実践的観点だけあって、日常思い当たる点が多い。分かりやすいだけに、誤解しやすいという気もする。「その人が自分で正しい事柄を見出せるように」あくまで、他人を変えることはできない。変える事ができるのは自分だけである事をわきまえていないと押し付けになる。

シュタイナー関係に分裂が多いのは、「温和さ」が足りないのではないか?とも思うが、お互い妥協できないところまで行くのは、表面的な「温和さ」は偽りであると感じているからだろう。しかし、分裂までいくのは、両方とも何かしら間違っているからではないだろうか。どちらかが真理、または、真理を真に求めて努力していれば「温和さ」を発揮でき(自分に非がある部分を認め)、分裂までは行かないのではないかと思う。正しい正しくないよりは、協調できる点(真理、目的、求めるもの)に対して協力することはできると思うのだが。

読めば読むほど、同じようなことが書いてある気もするが、色々な角度で書いてあるという感じである。それだけ誤解を受けやすいのだろう。(一言で言えば、「忍耐、努力」ともいえるが、これだけだと誤解が生じる。自分を殺した「忍耐、努力」はむなしい)
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