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シュタイナー、したいなあ

シュタイナーについて思うこと

ブラザー・サン シスター・ムーン 鑑賞会

いずみの学校の父母有志による勉強会「いか超」が毎週木曜日朝にあると聞きつけ、参加しようと先週行こうとした。

しかし、主催者の方が風邪気味になったため中止になり、今週こそは!と思ったら、ビデオ鑑賞会のため中止となった。縁がないのかなあ・・。

まあ、でもビデオ鑑賞会に参加してみようと内容も分からず出かけた。
ブラザー・サン シスター・ムーン
ブラザー・サン シスター・ムーン

見た感想としては、シンクロを感じるものだった。他の参加者の皆さん(私を入れて4人でした)もなんだか感慨深いものがあるようでしたが、借りている場所の時間の関係でそのまま解散で少し残念。

内容的にはありきたりなのですが、使われる言葉にいちいち反応してしまいました。

ネタバレですが内容を知っていてもジーンとするところがあるのでぜひ見てほしいと思います(知っていた方がよりよく理解できるかも)。内容としては、富豪(?)の息子フランチェスコが戦争を経験して、世の中、何かおかしいと思い、神の啓示(信仰への目覚め?)をうけ、全ての財産をすて、乞食となります。破壊された教会を雪降る中、裸足で、一つ一つ石(意思かも)を積みます。その姿や、言葉、行動に共感した人が続々と集まり、富にまみれた特権階級の教会には貧しい人が来なくなります。そして、教会は、フランチェスカの教会を弾圧し、破壊してしまいます。友の死もあり、何か間違っていたのか?と思い悩みます。そこで、ローマ教皇に直談判し、教皇に認められるところで終わります。

あまりにザックリとした説明ですが、ストーリよりも随所に使われる言葉がよい。(以下うろ覚えで言葉自体は正確ではないです。)
「成し遂げたいことがあれば、すこしずつ石を一つずつ積む」
「いそがないで、一つ一つゆっくりと、
心をこめれば、きよめられる」
「許せば許される」
「愛されるより愛したい。それが喜び」
「富は心の重み、捨て去れば、自由」
「こころに城壁をつくる」
書き出せばキリがないですが、その辺の言葉は多分、
聖フランシスコ アッシジの光
聖フランシスコ アッシジの光に書かれている内容と同じだと思います。(この鑑賞会を主催した方がこの本よりこのビデオを選んだので)

私なりの解釈としては、
デモや署名、行動がともなわない呼びかけ、献金などはあまり社会を変える原動力にはならないということ。それぐらいで変わる事は、表面的な事だと思う。本質的なものは変わらない。本気で社会三層構造を実現させたいのであれば、本質から変えなくてはならない。心の奥からのやりたい事(使命)を基準にして、自分の生活を変える。フランチェスコの場合、財産を捨てる際、着ている全てを実際に脱ぎ捨てて裸で出て行った(パンツを含め)。そして、日々、教会の修理を、雪降る中、裸足で、一つ一つ積み上げるシーンは、考えさせられる。

自分の日常生活を変えずに、デモや署名、呼びかけだけで何が伝わるのか?他力本願な思いだけが伝わるだけではないか?なにか成し遂げたいのであれば、あせらず地道な行動が必要ではないか?(共同体をつくるにも建物や既成事実だけ先に出来てどうなるのか?)

かといって、現代でフランチェスコと同じ事をしても意味が無い。だが、本質的な部分は変わらないハズ。まずは、ひとつひとつ心をこめる。
スローライフでいこう―ゆったり暮らす8つの方法
スローライフでいこう―ゆったり暮らす8つの方法と同じものを感じる。
一つのしぐさや行動すべてにこころを留める。オートマティックに習慣で動かさない。(知らず知らずに社会から、親から、固定観念から習慣で動いている。)

一つ一つの動きに集中する「オイリュトミー」とも相通ずると思う。

日々、心をこめることを心に留めて過ごしたいものだ。
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  1. 2005/11/17(木) 14:58:51|
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