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シュタイナー、したいなあ

シュタイナーについて思うこと

アーリマン

聖書ではサタンと呼ばれている。

人間を唯物論者にして、消化した食料が思考力・感情の力などをもたらす以外は不可能にしようとし、人間を再び地球に結合させたい。

人間に精神的土台を見えなくし、世界を物質のみと思わせ、精神的なものに恐れを抱かせる。外から、欲望・恐怖を呼び起こす存在(老い、未来、男性、憎しみ、利発さはアーリマン的)

福音書による「荒野での試み」、イエスへの3回目の誘惑「汝が神の力を誇るなら、石をパンに変へてみよ。」はアーリマンがした。普通の解釈では、この誘惑を退けたことになっているが、これがもとで「ゴルゴダの秘蹟」という結果になる。参考:第五福音書

結局のところ、この3次元世界では物質的なものを毎日の糧として生きなければならないということ。物質的なものを無視して精神的なものだけでは生きていけないことをイエスは実際体験し、「ゴルゴダの秘蹟」を通してアーリマンを退けたと思う。

だからこそ、物質的にも精神的にも両方満たされることが必要で、どちらだけでもダメ、どちらが欠けてもダメ。シュタイナーだけを勉強している人は精神的なものに重きがおかれている気がする。

私が考える物質的(アーリマン的)なものの象徴は、お金。
お金(アーリマン)に使われるな!お金は、道具として使え!と切に思う今日この頃。

シュタイナー自伝Ⅱ」P147より
「アーリマン的世界では、世界は一種の機械であるに違いないという観念が、絶対的真実になる。アーリマン的存在は、感覚世界に直接隣り合う世界でかつどうしているのである。」

参考:ルシファー
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  1. 2005/02/25(金) 14:46:25|
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