fc2ブログ

シュタイナー、したいなあ

シュタイナーについて思うこと

2006-9-28「芸術と美学」勉強会

芸術と美学」の読み合わせ。前回からの続き。「現代と未来を生きるのに必要な社会問題の核心」の読み合わせをしないか?という話もあり、絶版ではないかとも思ったが、売っている。読み合わせがあるかもしれない。

◆人智学と芸術2(P29~P42まで読み進むことができた)
●「赤は生命の輝き、青は魂の輝き、黄は霊の輝き」
→緑・淡紅色・白・黒は、像か影の色で、赤・青・黄は輝きの色・・・。意味は分からないが、赤・青・黄が子どもの色彩体験としては望ましいということだろう。

●「赤は近づき、青は遠ざかります。色彩遠近法、内的遠近法です。このような遠近法がまだ魂的・霊的なものの中に生きていました。」「唯物論の時代になって初めて空間遠近法が現れたのです。」「再び、色彩遠近法に戻るのです。」
前回の「平面の中で空間の謎を解かねばなりません。」と同じことが書いてある。

●「三度の音程は、人間のエーテル体と肉体の中に入り込むものです。」「空間遠近法は外的自然主義であり、三度の音程は内的、人間的な自然主義です。」
→建築、服飾芸術、彫塑、絵画は外的、音楽、詩は内的か。外的は、材料に強い感情をもち、内的は、人間の中?

●「悟性はふるい分けされたファンタジーです。」「ファンタジーは自然の成長力、形成力の最初の子どもです。」「私たちの腕を成長させるものは、魂の変容の中で、ファンタジーの中で詩的、芸術的に活動するものと同じ力です。」
→ファンタジーは思考とは正反対のものかと思ってましたが、ファンタジーがなければ、理解ではなく、そのままでしか受け取れない。見たまま、指示されたまま、言葉どおりのまましか受け取れない。指示された以上のことを汲み取るにはファンタジーが必要。指示された事しか出来ない人は、小さいころから、思考・判断・固定した概念などに慣れた人でファンタジーがないのだろう。

(所感)
芸術は、すごい人しかできないと思ってしまうが、神的なものを表現しようとしたもので、だれでも出来るものでは。植物を見て、見たままではなく、ある法則を見つけるとかも芸術といえるのではないかと思った。
関連記事


  1. 2006/10/07(土) 16:46:01|
  2. 芸術と美学|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0
<<2006-10-12「芸術と美学」勉強会 | ホーム | メルヘンの世界観>>

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する