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シュタイナー、したいなあ

シュタイナーについて思うこと

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物質的な考え方について

よく、シュタイナー関係で、
「物質的な考え」という言い方をするのを聞いたことがあると思う。

私のみの考えかもしれないけど、結構間違って使っている人が多いと思う。

シュタイナーの本の中で「物質的な考え」という文言があったかどうかははっきり覚えていないが、「現代科学的な(唯物論的な)考え方」というような表現はあったと思う(それでも、悪いとかいいとかは言っていない。ただこうゆう考えはこうなると言っているのみ)。これが派生して「物質的な考え」という表現をしている人がいると思うし、霊的なことを考えない考えのことを言っている人もいると思う。

シュタイナーは何度も何度もたとえをだして、現代科学的な考えはこうだというようなことを言っているので、シュタイナーの本を読んでいれば分かってくると思うのだが、決して、物質のことを考えるのが現代科学的な考え(物質的考え)ではないと思う。

シュタイナー学校移転のとき、移転に賛同するかどうかの聞き取りの面接で、私はこんなことを言ったことがある。
「父母の負担をできるだけ軽減するためには、校舎を自前で所持することが先決ではないか。いつまでも仮の校舎では、いつまでたっても、現状より負担が減らない。ひいては、生徒が増えることもむずかしい」(校舎移転前も個人からの借り物だけど、公共からの借り物であるとはいえ校舎移転後も借り物であり、結局、その束縛のために、ポリシーが自由に設定できないことや、金銭的な負担が結局は変わらないという問題があったのだが、個人から借りている校舎の返還期限が迫っているため、どちらにしても移転はしなくてはならないという事情があった)

そのようなことを言ったら、学校側の方が「それは物質的な考えではないですか?」と言われ、そのときは、「物質的な考え」という言葉について指摘はしなかったが、これは全く逆な使い方だと思う。というか物質的な考えという言葉の定義自体が曖昧すぎて、本来そのような言葉を使うべきではないのかもしれないとも思う。

学校側の方は、校舎自体や、お金のことばかりを私が言っているので、物質的という表現をしたのだろうけども、そのそも、「物質」とは、「霊的なもの」が凝縮して物質化しているのであり、「物質」は「もっとも霊的なもの」といえる。

ただ、物質的な事柄になってしまうと変化させることが難しいので、物質的な事柄を変化させようとすると、たくさんの精神的努力が必要。というか、物質的な事柄は、過去から今までの長い積み重ねによって(努力しているかどうかは別として)、物質的な事柄に凝縮しているのだから、変化させるのは努力が必要なのは当然である。

だからよくも悪くも、「物質」とは「もっとも霊的」といえる。お金の事を考えることは、物質的な考えと言いたくなるが、お金も使い方次第で、よくも悪くもなる。経済的に困窮しているのであれば、それはお金の使い方が悪いか、行っている行動自体が悪いのである。いくらよい行動でも、一時期は困窮することはあると思うが長い間困窮が続くならよい行動とは言えないと思う。

「現代科学的な(唯物論的な)考え方」とは、全体を考えないで、一部しか考えていない、表面的な浅はかな考えと言える(だが悪いわけではない)。学校移転の例だと、「移転先を決定することでシュタイナー学校を継続すること」だけを考えている。

シュタイナー学校は、教育が変わり、子供が変わり、世界がよくなると思って、一生懸命努力しても、一向に自分自身の経済的な問題や精神的な問題が良くならない、いつも困っている状態ならば、何かおかしなことをしていると考えるべきである。社会のせいでも、学校のせいでもない、自分のせいである。問題が発生することで、周りから教えてもらっているのである。(金持ちがよいということではない。お金持ちな人は、たいがい、お金のかかる病気や性格をもっていたりするし。一時期お金もちになって没落して前より酷くなるというのもあるし)

分かりやすいので引用しますが、シュタイナーが「農業講座」P29~P30にていっていること
「ある人が磁石を持っており、磁針がつねに一定の方向をさし示すとき、つまり一端が北の磁極をさし他端が南の磁極をさすのを見て、「一端がいつも北をさし、他端がいつも南をさす理由は、磁針の内部にあるのだ」と言うとするならば、人びとはこの人を幼稚だと考えることでしょう。そして、こう言うでしょう。「ここに地球がある。そしてこれが磁針だ。なぜ磁針が一端で北をさし他端で南をさすかをいうと、これはここに地磁気の北極があり、ここに地磁気の南極があるからだ。この磁極が磁針に方向を与えているのだ」と。(中略)これと同様に、植物に近接した場所ないしはその直接の環境世界の中で今日の科学が確認している現象が、たんにその場所内での対象となりうるもののみ関連をもっていると考えることもまた、幼稚なことです。植物の成長には、天体全体を含めて宇宙総体が関与しているのです。そのことを人びとは知らねばなりません。今日行われているような方法で植物学を運用することは、あたかもいま私がお話しましたように磁石の針のことを云々するのと同じほど、子供じみていることが理解されねばなりません。」
大根がなぜ成長するかという問題を解明するために大根を切り刻んで、細胞を顕微鏡でのぞいても、解明できないということです。宇宙を含め、大根が生長する周り全部が関連しているということ。大根を育てている人の感情や意思、思考からも影響を受けます。

ある団体でお金の問題がずーっと続いているから、団体内のお金の分析ばかりしていても、問題解決はしない。

なんらかの問題を改善をしたい場合、できるだけ全体を考えるようにすることがシュタイナー的といえるでしょう(でも一部だけ見ることが悪いわけではない。一部も重要だが、一部だけを見続けることが問題)。実際、宇宙全体まで考慮できないけど、自分のできる範囲で全体を考えることが重要でしょう。

問題解決できないのであれば、「まだまだ一部しか見えてないよ」ということです。特に、物事を一緒にしている仲間の事を考えていない場合が多いと思う。仲間の中に家計が赤字なのにさらに赤字になるような物事を一緒にやっていたら、問題が良くなるわけがない。出てくる問題は、全く姿を変えて出てくるけど(表面的な問題)、根本的原因は、身近な部分、自分自身か、仲間の事を考えていないことではないかな。

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  1. 2008/08/01(金) 15:46:03|
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