FC2ブログ

シュタイナー、したいなあ

シュタイナーについて思うこと

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

聖なる十二夜 五日目(12月29日=2008年5月)

聖なる十二夜 五日目。細かいことはヨメの日記に任して、個人的に感じたこと。

ちょっと遅めの起床。若干、頭が痛いが寒気はしない。ちょっとだるい程度。

天気は、暴風雨。雨の量はそれほど多くないが風がすごい。

今日は、朝から仕事のお客さん、と言っても知り合いが年賀状を作ってほしいとの依頼で、お客さんが来たと子供に言われ起き上がる。

毎年この時期に、年賀状を依頼されるので、慣れたものだろうっと思っていたら、今年はお客さんPCから写真データを取り出して私のPCにいれなくてはならない。別途、毎年のごとく、カメラの記憶メディアもあるので、それは難なくできた。

PC同士の移動でSDカードでしようとすると、なぜかお客さんPCは認識しない・・・。おかしいな・・・(この四苦八苦だけで1時間は過ぎた・・・)。しょうがないのでカメラ分だけで年賀状を作ることに。

また、なぜこんな暴風雨のときに、PCを持ってきたかというと、前々より、InternetExplorer(IE)で日本語入力が出来ない状態が続いていたためそれを改善したくて、年賀状作りのときについでに持ってきたのだ。このIEで日本語入力できない状態はネットで検索すると結構知られた不具合らしい(私のPCや今まで会社でも起こったことがないので知らなかった)。だが、これで直ったと書いてあったり、これで直ったと書いてあったりで、改善方法がマチマチなのだ。結局、なんらかのソフトが悪さをしているということなんだろうけど、これを調べるのは大変であることが分かる。なにせお客さんのPCはもらい物らしいのだが、すごくたくさんソフトが入っているのだ・・・(お客さん自身は多分使いこなしていないものが多数あると思うけど、勝手に消すわけにもいかなし・・・)。

レイアウトや写真選択などをお客さんにある程度してもらい、私が調整し、文字なども入れ完成させ、年賀状85枚印字した。

なぜか、この仕事、毎年のことなのに、長引く・・・。必ず、お客さんにご飯を食べていってもらうような時間になってしまう・・・(これは多分、ヨメがそうなってほしいなっとひそかに願っているからではないかと思ったりもする。大勢の食事がすきだし、私が作業している間に、お客さんとおしゃべりが出来るからだろう)。

昼飯は、昨日の残りもの(おかゆやもちきびシチュー)を使ったモダン焼き。(ヨメもお客さんがたくさんいるときにチャレンジャーな・・・)

昨日、お泊りした子供もお客さんについでに送ってもらい(みんな知り合いだから)仕事はなんとか終了した。この暴風雨で、お泊りするために我が家へ持ち込んだ布団を持って帰れないので置いていくことに。

昨日、温泉に行こうと言ったので、ヨメは行きたくてしょうがないようだ。私も行きたいのだがこの暴風雨で行くのか・・・と躊躇していたのだが、仕事も終わったし、この暴風雨なら日帰り温泉客が少なくて快適だろうと思って行くことにした。

予想通り、普通ならこの年末時期、日帰り温泉客が多いはずがガラガラ。私たちが到着と同時に二台の車が帰るのを見た。あと1台だけ車があるだけなので、すいているはずだ!脱衣所に着くと、やはり一人しか先客がいない。ラッキー!

今日来たのは、蟠渓温泉。私の中では、非常に身体的に疲れている時に来るとすごく気持ちよく、なんかあがったあと、身体のこわばりがすっきりする感じがあって、この近所では一番お勧め。だが、メジャーな旅館がないことや温泉の規模が小さく昔のままの地域住民の温泉なのであまり有名ではない。だが、平日でも結構日帰り客がいて混んでたりする。

いつも、蟠渓温泉に行くときは露天風呂のあるちょっと値段高めのところにいくのだが(値段高めのため地域住民があまり来ないのですいている)、今日は、疲れた身体を癒したいのが大きな目的で、露天はない(暴風雨なので関係ないし)、源泉に一番近いとされているところへ行く。蟠渓温泉のデメリットはたくさん人が入っていると、効果が薄くなるのが顕著にあらわれることだ。あくまで個人的な意見だけど。(一般的にどこの温泉でも、混んでいると効果が少なく感じる。温泉の通な人は必ず、温泉噴出し近くを陣取って浸かっている。)

この暴風雨は我が家へのプレゼントなのかも!と思った。

だが、蟠渓温泉は規模が小さいので浴室も小さい・・。それでも、湯船に詰めれば10人は入れる大きさだし、カランは5つぐらいある。でも洗い場と湯船を合わせた浴室は正方形なレイアウトをしているのだ。なので、3人以上いればそんなに気にならないのだが二人きりだと、どうしても、お互いを意識してしまうような狭さというか位置関係というかそんな状態なのだ。カランで身体を洗っていても、鏡に湯船に浸かっているのが目に入ってしまうし、逆もまた同じである。かといって、なにかしゃべることがあるかというと何も思いつかない・・・。そんな状態・・・。体調は万全ではないので鼻詰まりが酷いので、普通なら、おもっきり音を立てて出して水で流すのだが、それも、控えめに・・・・。普通なら、湯船であったまった身体を冷水を浴びて冷やしたいところだが、冷水が跳ねて、もう一人の人にかかるようなかからないような微妙な距離なのでこれも控えめに・・・・。と、温泉は予想通りよく、すごくすっきりしたのだが、あまり気兼ねなく、入ることができず残念であった・・・。

温泉からの帰る車の中でふと思った。もしかしてあの人は、行政書士だったのかもしれない!ほんとかどうかは分からないけど、なんだか、私よりだいぶ前から温泉に入っている割には私より早く出ようとしないし、私が出て脱衣室で着替えていたら、出てきた・・・。普通なら、脱衣室に人がいるときにわざわざあがらないでゆっくりしているだろうに。それか、私が出る前に出ると思うのだが・・・。(やはり、行政書士だから、話しかけろという神のお告げだったかもしれない・・・。と、軽い妄想)

夜飯は、白菜・もやし・春雨・厚揚げの鍋。(白だけだ)

夜、ヨメが息子を寝かしつけてから、ヨメと議論
シュタイナー的に考えると「日本アニメは世界を救うのでは?」という私の持論(あくまで私の独断的な持論)。「シュタイナー学校として生徒確保(人集め)が常に重要な目標になっているのはどうか?」とか「別居して母親単身で来てシュタイナー学校に通わせている父母の割合が多いのはどうなのか?」など喧嘩をしながら話す。

その中で、「シュタイナー学校の運営が父母というのはおかしくないか?」ということから、先生だってシュタイナーを完全に理解しているわけでもないのに父母がある程度理解していることは少ないだろう。運営がシュタイナー的になる可能性はなく、超資本主義(お金をもっちいる人によるワンマン)になるか、超共産主義(みんなできめようといいながらまとまらない)になるかのどちらかになる。その上、ほとんど母親がメインになっている。会社での仕事経験などで一人で一から十までしたことがある母親がどれほどいるか?資本主義的にも、まともにすすむ可能性が少ない(シュタイナー的には、女の思考は精子的で、男の思考は子宮的で、女はあちこち飛び回る思考で、男は一つのことにこだわる的な傾向があるという。そこから考えても進みそうにない。)。どう考えても、組織やシステムがある程度できるまでは、先生主導でするしかないと思う。そうなると、経済的には、先生というのは、父母に雇われた人という立場なのに、運営の方向性はきめてしまう立場になってしまう。雇われ人(先生)が社長みたな感じになり、父母(社長)が、シュタイナーを知っている先生のおっしゃるとおりというような関係になるのだが、その上、運営が父母と位置づけられると、学校の雑務を父母がしなくてはならなくなる。先生(雇われ人)の雑務を父母(社長)がしなくてはならないのだ。要するにシュタイナー的な要素(授業)以外のところはすべて父母がしなくてはならない・・・。シュタイナー学校の父母になるということは、子供の教育を人質に、先生の奴隷になることを意味している・・・。

以上のこと以外にもたくさんおかしなところがある。なぜなら、父母は当然、先生もシュタイナーを完全に理解していないからだ(少なからず日本人で完全に理解しているっと宣言している人は少し疑ったほうがいい)。分からないもの同士があーだこーだといってやっているにすぎない。一人でも結構理解している人がいればいいのだが・・・いや、いるとその人の独裁政治になる・・・。

何が言いたいかというと、理念がないんだよね。
「いか超」(P33)「如何なる理念も理想たりえぬ限り魂の力を殺す。しかし如何なる理念も理想たりうる限りはすべてあなたの中に生命力を生み出す」
現状の理念は「シュタイナー教育を正しく実践」みたいなものらしい。(これは理念か?死んだ概念ではないか?だから生命を生み出せない。継続が困難になってくる)

理念というと、理想的な目標みたいなイメージがあるけど、シュタイナー的には違うような気がする。(日本語って一語一語の意味が分かりにくい。ドイツ語は分かりやすいみたい)

たとえば、シュタイナー本を読む勉強会をしようとする。生命を生み出すいうことは、継続して増殖していくということだから、1回・2回で終わるわけではなく、長く続き、人がどんどん増えるか、何らかの知識や経験が増えることになれば、その勉強会の理念がよいということだと思う。3年ぐらい続けた「農業講座」の勉強会。よく3年続いたなあと思う。これのおかげで少なからず知識や考え方が身についた。最初の目標は、「シュタイナーを理解すること」だったと思う。が、そのように思って参加した人は全く続かない。途中で、「ただ読み続ける」という目標になった。そう思ったため長く続けることが出来た。理解することにこだわる人は二度と来ない。多くの人にとって共有できる概念(理念)を持てれば長く続けることができるのではないかと思った。この勉強会の理念は、「二人以上いれば、分からなくても読み続ける」(あとは、思ったことを駄弁っていてもいい)という簡単なものになっていた。理念というと、日本語では、理想的な目標みたいな気がするけど、「自由の哲学」で「理念とはより内容豊かな、より飽和した、より包括的な概念であるにすぎない。」(P74)とある。概念は、普段は個別な概念が多いけど、多くの人に共有できるような概念ならば理念といえるのではないかと思う。なので、「シュタイナー教育を正しく実践」という理念は、シュタイナーを理解していない人には全く理解できない概念であるため、死んだ概念というしかない。(共有できないという意味でも死んだ概念だが、先生一人だけの個人的な理念としたとしても、死んだ概念である)

理解もしていないのに「シュタイナー教育の正しい実践」などと言わなければいいのに。(理解をしていないから言うんだろうけど)

・・・・こんなに考えても・・・終わりのないことだ・・・終わらないといことはまだつめがあまいのだろう。

年賀状作りのとき、お客さんPCから私のPCへデータを移すのに、外付けHDDをつければ簡単に出来たと布団に入ってから気づく。「無駄に時間がかかってごめんなさい」と思いながら、温泉後の暖かい身体のおかげで久々に寒く感じずに寝れた。

気温もそれほど寒くなかった。

[2008年5月予想]
仕事も余暇もあり、なんか順調なのかも?シュタイナー的なことで議論することが増えるのかも?

暖かい春になりそうだ。

[2008-8-16追記]
暖かい春と初旬の数日には思ったが、全体的には、寒い、春であった。かっこうは早く鳴いたが、遅霜が強烈だった。知り合いの農家では、ハウス内のトマトが全滅で植えなおししていた。シュタイナー的議論はしていないかも?臨月前関係で、色々相談はしたかも?(車検とか早くしたし、検診も)ちょっとハズレっぽいかも?

スポンサーサイト
  1. 2007/12/30(日) 16:00:41|
  2. 聖なる十二夜(2007-2008)|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0

聖なる十二夜 四日目(12月28日=2008年4月)

聖なる十二夜 四日目。細かいことはヨメの日記に任して、個人的に感じたこと。

8時頃に起きた。と言っても24時間以上寝転んでいると、夢の中には入れない。起き上がれないから仕方なく寝転んでいるに過ぎない。なんとか起き上がれるぐらいの体調になったので、寝転んでいても疲れるので、起きたのだ。

体調は万全ではないが、寒気はしない。何とか起きれそうだ。でも、ふらふらするし、力も入らない。

寝ている間に、汗をかいたし、昨日、ヨメと息子がお風呂に入っているのがうらやましかったので温泉に行こうと相談していたが、知り合いが午前中にくるとのことで、待っていたら、オロフレの知り合いのところへ行くついでに我が家に寄って誘っているだけだった。

ヨメがママ友とおしゃべりがしたい顔を見て、私は温泉をあきらめ、一人で寝ていることにした。(ここでその場その場の気分で予定を変えるのは、いいのか悪いのか・・・。私の場合はしなければならないことのついでにしたいことをすること(無難な選択)が多いが、ヨメの場合は、したいことはしたいしかないので、これが裏目に出ることが多いが、これぐらいはまあよいかもしれない。)

案の定、14時半ごろ帰ってきた。ケイコちゃんの子供が泊まりにくるのでヨメはお泊りの準備しなくてはならない。しかし、息子のオムツが今日なくなったので購入しに行かねばならない。

もともと、家族全員で体調が悪いのは、息子が体調を崩したのが最初だった。順番にみんな体調を崩し、私が最後に寝込んだというわけだ。息子の体調が悪いと、おねしょが酷くなる。一晩で3回4回ざらになるくらい。起きているときのトイレはもらすことないのだがおねしょはまだまだなのだ。

オロフレから帰ってきてさらに息子の体調は悪化していたが、多分楽しかっただろう。その場その場の楽しさをとるか日々のリズムをとるか難しいところだ。

どちらにしてもオムツを買いに行かねばならないので、ふらつく頭のまま車にのり出かける。ついでに以前から図書館にリクエストしていた本「儲かる海外商品の見つけ方・売り方AtoZ」が届いたので、ついでに取りに行く。

夜、子供を寝かしつけた後、借りてきた本を眺めつつ、ケイコちゃんと輸入について論議する。これは、行政書士に依頼するしかない!との結論がでたので、ようやく、気分的に、開放された。(これのせいで体調悪化したのか!?)

温度も暖かいためか、身体が楽である。寒気もない。

でも、寝ている息子の咳はどんどん酷くなっているのが聞こえる・・・(裏目か?)

[2008年4月予想]
ヨメのしたいことの尻拭いをすることになるのではないかと思う。息子はそのせいで何らかの悪化をするのではないかとも思う。輸入という長い懸案事項が終了したので、4月に輸入できるようになるのかも?

春の訪れは早く。種を早く播けるかも?

[2008-5-6追記]
輸入できるようになってはいないが、4月には終わる仕事のために、色々考え続けてきたのがひとまずなくなった。(仕事は終わらず継続なため考える必要がなくなった)4月はやけに忙しかった・・・。知り合いの引越しが原因だろうが、いろいろと電話はかかってくるし、通販も「種まきカレンダー」の発売が12日と遅かったため混乱もあった。赤峰さんの講演会もあったり、妊婦検診もあった。ちょっとだが臨時収入もあったりした。でも、車のタイヤのベアリング交換はちょっと痛い出費だった。

例年(20日頃)よりも、はやくタイヤ交換したし(10日頃したのだが3月の後半でも良かったと思うこのごろ)、4月は雪が降らなかったのでは?(ミゾレ程度はあったような位)と思うくらい暖かい日が多かった。

  1. 2007/12/28(金) 23:07:13|
  2. 聖なる十二夜(2007-2008)|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0

聖なる十二夜 三日目(12月27日=2008年3月)

聖なる十二夜 三日目。細かいことはヨメの日記に任して、個人的に感じたこと。

朝、ヨメが水道凍ってるという声で起こされた。(もう少し寝ておけば、結構回復したかもしれないのに)だが、少しすると水が出たしたので薪ストーブであったまっていたらどんどん体調が悪化していた。あーすぐに寝ればよかったが数時間起きてしまった・・・。

そのまま、一日中寝た。

私が寝込むのは、何年ぶりだろうか?結婚してから3回目である。どれも、それ以上がんばってももうしょうがないよというときに寝込むのである。なにかやりすぎたのだろうか?それとも3月にそんなことがあるのだろうか?息子が生まれてから自営業を目指し、心配症なので、精神的なプレッシャーがきつかったのだが、それがようやく終わったのだろうか?

寝込んでみると、寝れることが分かる。ある程度、健康なときに昼間に寝ると寝ていられない。寝ているのが、めんどくさくなるというか、やってられなくなるのだが、やはり体調不良のときは寝れるなあ。

おかゆが食べたくて、ヨメにリクエストしたのだが、なんだか食べる気がしない。昼飯のときはいらないといったが、夜飯は食べなきゃっと思っていたが早く夜飯を食べるというのでもう少ししたら起きると言ってしばらく寝ていたら、息子のお腹すいた攻撃のために、私をなまけもの扱いするようにヨメが切れた。

どうも、ヨメは息子の何度何度も言われる攻撃が耐えられないらしい。なまけもの扱いするなら、食べなくていいと言った。それでさらに切れたようだ。ちょうど、汗がドット出てきたので、着替えをするために起きた。(これを待っていたのだが)

昼も夜もどうも食べる気がしないと思ったら、昨日の作りかけの冬瓜に、昨日買ったばかりで高かった鶏肉を一袋使って煮込んでいた。私の超感覚が察知したのだろうか?これは、食ったら、昨日の餅の二の舞だ。鶏肉も冬瓜も好物なので普通なら3杯ぐらい食べるところを、グッと我慢して、1杯だけにした。冬瓜のスープだけでも飲みたかったが、鶏肉の油があるため、これも餅の二の舞になると思い我慢した。ああ。なにも病気のときに高く買った鶏肉を調理しなくてもいいのに・・・。数日は食べれないから、結局食べられない・・。

致し方ないので、梅肉エキスをなめて、水分がほしかったがお茶もなく、しょうがなく、水を飲むことに。

息子が生まれる前は、寝込んだら少しは世話してくれたが、怒られただけだった。思えば息子が生まれる前は、私が、パタン(死んだまね)をしたヨメのリアクションが「死んじゃだめー」みたいなことをすぐしたものだが、最近は、華麗スルーされる(スルーされるとリアクションがあったころの記憶があるためよけい悲しい)。ラブラブになりたいとかヨメは言うのだが、ラブラブ以前にバカップル程度のじゃれあいもないのに、ほんとにラブラブになりたいのか・・・。ヨメ自身がラブラブな状態を全く忘れいるようだ。母親になればそんなものかもしれないが・・・。

ヨメと息子は入れない私を気にせず、お風呂に入る。

[2008年3月予想]
2月にがんばり過ぎるか?3月で終了なことがあり、次なるステージが待っているのか!?(3月で終了することがあり、それからどうするんだ!?という状態だけど)なんだか知らんけどヨメに理不尽に怒られるようだ。3月はゆっくり休めそうだ・・・。(いいのか???)

気温は昨日より暖かい。2月が寒いようだ。

[2008-4-12追記]
ほぼ遊んでいたといってもいい1ヵ月であった。そういう意味で寝込んだのかな?少しは仕事をしたが、効果というか収入というかそういうことには全く関係なかった。やはり、休んでおけということなのだろうか。ニコニコ動画をよく見るようになってしまった・・・。3月終わりの引越し手伝いは結構しんどかった。ヨメにも不条理なことで怒られたし、ほぼ、アタリかもしれない。3月に終わる仕事が8月まで延期にもなったので・・、ぼぼ作業は無駄と終わった・・・4月もたいして動けないということか?札幌に赤峰さんの講演会には行くけど。

温度はとても暖かい3月であった。2月が寒く、3月が暖かいのはアタリだ。

  1. 2007/12/28(金) 12:05:33|
  2. 聖なる十二夜(2007-2008)|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0

聖なる十二夜 二日目(12月26日=2008年2月)

聖なる十二夜 二日目。細かいことはヨメの日記に任して、個人的に感じたこと。

昨日、ヨメの散歩に付き合うと書いたので、息子ともども行こうとするが、なかなかヨメが出てこない。(いつもそうなのだが、なにか出かけようとすると、他の用事をする)

植物への新しいまなざし」で木を見て、それを良く見て、それを記憶した状態で家に帰ってから書くというのにチャレンジしようとしたが、昨日の夜から頭が痛い・・・。大陸で発生した高気圧が寒いらしいからか、冷たい氷を食べたときみたいな頭の痛さ。ヨメや息子についていくのがやっとだった。とても記憶スケッチのための記憶をするだけの余力がない。

昼飯はひじき。こげていた。それからお出かけして、もろもろ回る。

アニューでセールをしているので寄る。そこでセール品と思って買ったものがセール品でなかったため安くなかった。普段は高価なので買わない鶏肉だ。それも二袋も買ってしまった。なんだかがっかりである。次の日のセール品だったようだ。

夜飯は、餅2個と半分。食べたときは良かったが、寝てから、腹が痛くてしょうがなかった。やはり病気なときは、腹持ちのいいものを(消化にわるいものを)食べないほうがいいようだ。

夜飯が、餅になったのは、ヨメが、もろもろ回って帰ってきてから(多分4時ごろ)に、冬瓜を切り出したからで、どう考えても、夜飯に間に合わないのに冬瓜を煮込みだしたのだ。それも鍋に入らなくらいの量を切ってしまっていた。作るなら、昼飯準備のときに下ごしらえしたらよいのに。(たまにならいいのだが、頻繁にあるから困ったものだ)

そのせいかどうかは不明だが、体調が悪化したので、何も読まずに寝ることにした。腹痛に悩まされながら寝ることになる。

[2008年2月予想]
なんだか無理をするのかもしれないなあ。シュタイナーの勉強もしなくていいということかもしれない。

今日の朝、マイナス8度で、明日の朝は、マイナス6度が最低であった。
2月は寒そうだなあ。

[2008-2-26追記]
2月2日岩見沢へお祝いに行く。息子を連れての日帰りは結構きついかもしれないがなんとかなった。2月22日に助産院を決定する。(そのときのヨメの日記)前回1月24日は吹雪きだったので、天気予報とにらめっこして決めたので、比較的楽に行けた。でも帰りに車のワイパー用の洗浄液なくなり、さらに中山峠でガスが濃くなり、すごく怖かった。次回は中山峠を使わないで行こうかと思う。通販は、2月にしては順調だった。無理はあまりしていないと思うのだが3月にダウンするかどうかでわかるだろう。現状あまりアタリではないような。

1月下旬からの寒さが中旬頃から緩みだした。ときおり寒気が来るが停滞は長くなくなった。二日目は寒かったので、半分1月にずれ込んだ感じだ。


  1. 2007/12/28(金) 11:37:41|
  2. 聖なる十二夜(2007-2008)|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0

聖なる十二夜 初日(12月25日=2008年1月)

聖なる十二夜 初日。

クリスマスイブまでに比べ、とても静かな1日を過ごした。24日までは、怒涛の日々だった気がする。(特に、21日がピークだった。冬至過ぎたら何か変わった気がする。)

相変わらず遅くまで起きていたので朝が遅い。昼飯は、スパゲティー。ヨメがご飯を炊き忘れたため。それに、現在試作しているウスターソースを試食。これは本当にソースだ。(林弘子さんのBlogに、残り物でソースが出来ることを知ったため。ソースって酸っぱさと甘みを煮詰めればなんでもOKなんだ。初めて知った。)

仕事のサイト作成をせねばと思いながら、ネットサーフィンを昼間してしまった。(というか、いろんな調べ物をしていました。ちょっと言い訳) その周りで、再度、ウスターソース作りや、その辺の掃除や模様替えをしているヨメ。息子が、私のところにきたり、ヨメのところへいったりして、ちょっとうっとおしかった。でも、あまり騒がずに居た。いつもならどこか出かけよう!と騒ぐのだが。

裏の畑から春菊の種を収穫、大根の種を収穫。昼間は暖かい日差しがあったので暖かかったが、空気は冷たい様だ。

夜ご飯は、肉じゃが。(昨日ベーコンが20%OFFだったので買ったものを早速、使われた。ベーコンは、焼いてパンに挟みたかったなあ) ご飯三杯食べた。

息子が睡眠後、「マタイによる福音書講義」(2度目)、「ルカ福音書講義」(2度目)、「オイリュトミーの世界」(初読み)、「植物への新しいまなざし」(初読み)をそれぞれ1講ぐらいとか1章ぐらいとかを読む。

「植物への新しいまなざし」を読んで、少し絵を描かねばならんかっと思う。ヨメの散歩にでも一緒にいくか・・・。

[2008年1月予想]
のんびり、1月は過ごせそうだ。でもなにやら、ヨメが色々することになるのだろう。それもしょうがないなあと思いながらだろうなあ。

温度的には、天気予報からすると、明日は寒そうなので、1月は比較的暖かく、2月は寒そう・・・。

[2008-2-26追記]
ヨメの妊婦検診をどうするかを悩んだ月。アタリといえばアタリ。ドタバタするようなこともあまりなく、通販は前年同月に比べちょっとよかった。仕事はつくらねばならないところは作った。去年ならば、糀をつくるところだが、今年は全くやる気がでないのでやらなかった。去年はあんなに燃えて作っていたのに・・・、結局、自家製糀を作ったんだぜ!という自慢のためにやっていたのだろう(ある程度やり方を把握するととたんにやる気をなくす)。自分のやりたいことってなかなか分からないものだ。そのため、のんびり過ごしたことになる。

寒い日が続いた・・・。例年なら、寒気が来たり去ったりを繰り返してそれなりにあったかい日もあるのに、今年は、ずーっと寒気が停滞した。1月下旬から2月上旬は特にきつかった。二日目の寒さが半分1月にずれ込んだ感じならアタリかも。

  1. 2007/12/25(火) 22:37:16|
  2. 聖なる十二夜(2007-2008)|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0

聖なる十二夜が今年も始まった

聖なる十二夜は(本来の主旨ではないが・・・) 、
12月25日~1月5日の間で、
一日目(12月25日)が1月に、
二日目(12月26日)が2月に、
・・・
と12月まで、自分の来年の一年間の動向が分かるとのこと。これがどの程度当たるのかを確かめるため毎日その日のことを細かく覚えているだけでも書きとめようとしている。(自分の私生活を細かく書くのは恥ずかしいものだが、このBlogを始めたきっかけだったので、毎年書いている)

去年の十二夜を読み返し、それに対応する月に起こったことを追記していくうちに、4年目にしてようやく分かり始めてきた。物理的な物事ではなく、その日に感じた感覚的な想いや苦労などがその月に現れるようだ(物理的なことも全く同じになるときもあるけど)。なので、詳細な事象はそこそこに、思ったことを中心に今年は書こうと思った次第である。天候もあまり当たらない様子だが、一年を通じた流れは当たっている気がする。(今年の2008年8月はドニーさんに聞いたところものすごく熱いらしいので、1月1日も暖かい日ではないかと推測している)

今年は、福音書講義はどれを読もうか?読まないか?は、考えている最中だが、「植物への新しいまなざし」は読みたいと思っている。他、読んでいない本が山積みなので、少なからず読む物には困らない状況だ。(いいのか、悪いのか・・・)

  1. 2007/12/25(火) 14:37:53|
  2. 聖なる十二夜(2007-2008)|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0

植物への新しいまなざし

涼風書林から出版されている
「植物への新しいまなざし」
マーガレット・コフーン(著) アクセル・エウォルド(画) 丹羽敏雄(訳)
植物への新しいまなざし


聖なる十二夜(2007-2008年)にすこしづつ読もうと思う。(毎日すこしづつ、この記事の内容が増えることになる)

訳者の丹羽さんは、以前に書いた「射影幾何学入門」の著者。数学の専門書なのに、シュタイナーのエーテル的なことが記載されている。なので、丹羽さんが出す本にはすごく興味がある。(本当は、「プロジェクティブ・ジオメトリー シュタイナー幾何学入門」というのが発売される予定だったようだが止めたのかな?)

以下、気になったところ、メモしておきたいところを書く予定。

  1. 2007/12/25(火) 13:56:56|
  2. |
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0

岡田茂吉における宗教と芸術

水声社のカタログには載っていて気になったため図書館で借りてみた。
岡田茂吉における宗教と芸術」高橋 巌(著)
を読んだ。(Amazonをみると絶版状態なのだが、水声社のカタログには載っているけど)

高橋 巌さんが世界救世教の人たち向けの講演会の内容。よく岡田茂吉のことをご存知である。宗教芸術についてがメインであるが、普通の日常にも関係しそうなところや知識的なメモを残しておきます。

「黒と白の境目を眺めた時に、そこに初めてくっきりと美しく、黄と青の色が浮かんでくることがわかったんですね。」P37「それで霊光が現界に姿を現わす時、最初のその現われはなにかというと、ゲーテが大発見したんですけども、それは黄と青という二つの色彩なのです。」P38
→よく、
背後に闇がありその手前に光がある場合、青
背後に光がありその手前に闇がある場合、黄色
との知識があるのだが、まぜると、緑色になるというのは、当たり前だが結構びっくり!(「農業講座」で、花の色が惑星に関係しているということと、緑は太陽に関係しているということが書いてあるので)

「地上に現れた緑色が霊的な方向にゆくと、青と黄色に変わります。そしてその青と黄色をもっともっと強めてゆくと、それが両方とも赤になっていゆくんです。」P42
→これもびっくり!(青・黄・白・赤は惑星と関係あるんだけど、白がどうなっているのか??)

「ゲーテのように考えると、色の世界というものは円環をなしていて、それ以外の色はないわけです。」「そこでは、緑が一番おだやかな世界で、赤が一番活発な世界です。」P44
→以下補色の色が、赤・黄・青から出てきて六色が基本色とのこと(文章が長いので色のところだけを抜粋)。
赤→緑
緑→赤
黄→紫
紫→黄
青→橙
橙→青


「対称的思考こそが芸術の方法だ、と言いました。」P47「一人一人がまるで芸術作品のように、私たちが展覧会場に行って、ちょうど一枚一枚の作品を一生懸命心を開いて見るように、一人一人の姿をかけがえのない絵画の作品、一人一人の語る声を音楽の作品のように一生懸命耳をかたむけたり、ひたすら相手を見たりしてゆきますと、その雰囲気というのは、芸術的な雰囲気になっていきます。またそれと同時に、互いにその人たちがどういう生き方をしているかが見えてくると、それは一つの新しい科学、つまり認識が育って来て、人間性に対して人びとの心が開けてくる、ということになってくるんですね。そういうことをゲーテは「対象的思考」といったのです。」P52-53
→対象的思考をしたいものです。努力すれど、身内にはなかなかできないです。

「光とそれから熱もしくは愛というのは、神が人間の方へ向って働きかけるときの在り方であると言えると思います。」「それで神の力が地上に働きかける意志の表現は、光であると共に愛であり、しかもそれを受ける私たちの行為は芸術である、ということになってくるわけです。」P54「生活を芸術として形成するのであれば、私たちの日々の生活が神様に対する感謝の表現であるということになるのです。」「生活芸術というのは、何より人間と人間の関係ですから、それは人間関係の芸術でなければいけないわけです。」P55
→生活芸術は人間関係なのか・・。生活スタイルとか日常の動き方とかもある気がするけど・・・。

「それは私たちが感情を思考の方向に向けると常に反感が育ってくる。私たちの感情が意志の方に向ってゆくと、共感が育ってくる、ということです。物を知的に考えてゆく時、その人自身は習慣的に楽しくやっているかもしれませんけれども、しかしその人の生命力は消耗してゆくんですね。消耗してゆくことによってだんだん死のプロセスに近づいてゆく、ということも出来るわけです。そして私たち自身の感情は、それを無意識のうちにキャッチして、反感という形で気分となって、現われてくるんですね。」P119
→あちゃー!私は死に向っている・・・

「観音様の働きは子の働きで、それは一人一人の人間の意識を明るくして、人間の意識の中に善の力を植えつけるために存在している、ということになります。ヨーロッパではこの働きを「ミカエル」と呼んでいます。」P156
→シュタイナーの言う大天使や天使も、日本の神様としてよく親しまれている名前になるのかもしれない。

「そしてこのアストラル体を普通私たちは何と呼んでいるかというと、「龍」と言っているんです。日本には龍神及び龍神界についての偉大な伝統があります。龍は様様な姿をとります。不安にかられたり、権力欲のとりこになったり、アストラル体が非常に曇り、真黒になりますと、黒龍に変じ、激しく怒ったり、利己主義のとりこになったりしますと、赤龍と化します。情念が非常に浄化されると、次第に白龍に近くなってゆきます。ところが黒龍から白龍までの龍の働きは人間のアストラル体の働きそのものを映していますけれども、もし私たちの心の中の自我が観音様の働きを受けまして、善なる力を行使し始めますと、この黒龍から白龍までのアストラル体が、だんだん目に見えない形で、ごく僅かながら、何億分の一かずつ変化してくるのです。そして観音様の働きを自分の中に取り込めるようになってくるのです。そして観音様の働きを取り込むたびに、私たちのアストラル体の、つまり龍体の一部が輝き始めます。そして完全にアストラル体が黄金に輝くようになった時、その龍を金龍というのです。」P162
→ミカエルといいアストラル体といい、日本の古来の言葉に変換してシュタイナーの本を読んだら、結構普通に神道の教えになりそうな気がしてきた。アストラル体が龍というならば、ドラゴンボールも、単なるお話だけではないのではないかと思ってしまった。ドラゴン(龍)がもつ7つの玉(ドラゴンボール)集めると、3つ願いが叶う。ドラゴンボールは金色だったりする訳で・・・。ドラゴン、7、3、金色・・・

「そうしますと、観音様の働きは、同時に教育の行為にも直結しています。それから芸術的な行為も、同時にそのための重要な働きになります。地上の進化と芸術と観音力の働きとが一つに結びついて存在することになってまいります。そしてこのことを実現するのが、救世教で言われている「地上天国」なのです。その地上天国の一つの型を教祖は箱根のお庭で示されました。」P170-171
→箱根、強羅の地にある「神仙郷」の庭園らしい。一度みてみたい。

「四大の霊というのは、それぞれに異なった世界、鉱物界と植物界、植物界と動物界、動物界と人間界という互いに異なっている領域の中間の部分に存在すると言われています。その中間地帯でそれぞれの霊たちが集まって、救済を待っているわけです。大きな石に苔が生えている部分というのは、霊的な働きのとても感じられる場所なんですね。そのに水が流れていますと、その環境は霊的に一層高まります。その環境が四大の霊が救われる環境なんですね。そういう四大の霊が救われる環境が更に芸術を通して一段と高められているのです。」P171-172
→日本の庭園って、霊的に高いんだ・・・。今度京都へ行ったときはそのような観点から見て見ようっと。外人にとってはそれは新鮮な感覚で感じられるのだろうなあ。だから京都は外人に人気あるんだ。日本人だと当たり前過ぎてなんとも思わないけど。

  1. 2007/12/14(金) 00:26:18|
  2. |
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。