前回の続きの第十四講の読み合わせ。本日で、
一般人間学の読み合わせが終わる。
●「もし私の腕や手が上顎であり、私の脚や足が下顎であると考えるなら、その顎は一体どこをかむのでしょうか、一体どこに口があるのか」「上腕が体とくっついている所、皆さんの大腿部が体にくっついている所、そこに口がある」
→前から体に向って食べていると思ったが、回り全体から胸・腹を食べているという解釈。宇宙全体が頭の様に想像する。
●「人間の言語は、喉頭によって空気の中で頭になろうとする試みなのです。」「魂の骨格組織のために、言語を模倣させるだけではなく、言語の構文を教育するのです。」「よく考えぬかれた仕方で構文を、読み書きを、しっかりしたものに、しかしもっぱら魂的にしっかりとしたものに、するのです。」
→
オイリュトミーは喉頭の動きを表しているとのこと。
●「想像力をもって教材を作成し、常に生きいきと授業できるように努める必要があるのです。」
→数年後にも同じ様にしたら知的に凍りついた授業・・・ということは、同じことを伝えるにしても、想像力をもって違うやり方が望ましいということか・・・先生は大変だなあと思ったりするが、それが楽しいから先生なのかもしれない。
●「杓子定規になりはじめたら、それが子どもを不幸に陥れ、自分を悪徳にふけらせる、と思え」
→現代の普通の授業は子どもを不幸にしているということか。
●「頭は人間全体なのであり、肢体や胸は退化した頭に過ぎない、という認識です。同様にどの肢体も人間そのものです。ただ肢体の人間の場合には、頭がまったく退化しており、胸部の人間の場合には、頭と肢体とが均衡を保っているのです。この基本事実を理解すれば、皆さんの教育倫理を真剣に受けとめることができる内的な力がもてるでしょう。」
●「教育上のモットーとして次の言葉を心に刻みつけておく必要があるのです。
想像力を養い、
真理への勇気を持ち、
そして責任感を強く保て
」
(所感)
これを書くためにあらためて読み直すと、?な部分がたくさんでてくる。「読み書きの学習の中で魂の歯の形成」?「性の謎」?P212~213の流れが理解できない!もう一度読み直す必要がある・・・。
今回で、「一般人間学」の読み合わせが終了し、次回からは「農業講座」の読み合わせ・・・。
別のところでも読み合わせしているのでそちらに読み合わせの記事は書くことになるかな。
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- 2006/03/20(月) 14:21:50|
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前回の続きの第十三講の読み合わせ
●肢体の人間と頭部の人間とが正反対。肢体の人間形態を理解しようとするなら、頭部の形態を手袋か靴下のように裏返して考える。
→
治療教育講義の黒板絵にも書いてあるのでイメージはできるが・・・。
●霊と魂の流れは、人間を絶えず吸収しようとして働いている働きなのです。胸部腹部系は外から侵入してくる霊と魂の破壊活動に対抗して、人間に物質成分を供給します。
→この吸収の意味がイメージできない。垢というイメージでよいのだろうか?爪のたとえもよくわからない。吸収とは、人体から切り離すことなのだろうか?
●脂肪が霊的魂的な流れを妨げ、頭を空虚にしてしまうのです。子どもを肥えらせる人は、宇宙に対して不正を働いているのです。
→子どもが太っていると、神経が発達しないということだろうか?確かに、鈍くなるような・・・。
●有機的、生命的なものは、霊を通過させない。生命のない物質は霊を通過させる。(骨格、神経、鉱物存在)
→定義をはじめてみた!「
農業講座」で「生きた窒素」「死んだ窒素」とか出てくるのだが、なんとなくつながったような気がする。
●霊と魂は分解した物質を必要とし、それを吸収しようとしているからです。物質的に死んだ神経経路にそって、人間の内部で働くのです。
→神経は死んでいるんだ・・・。確か神経は
アストラル体の表れと聞いたことがあるが・・・。
自我と血液とかもあわせて整合性をとりたいところ。
●霊によって生命を担われた物質が分解し、生きた有機体の中で死滅する時には、神経が生じる。
→わからない・・・。
●スポーツは、人間を再び動物にもどそうとする倫理を行動に移すのです。
→日本古来の武道ならばよさそうな気もするが・・・。動きに意味があればいいので。
●過度な精神労働は、過度な肉体労働が嗜眠癖を生み出すのとは反対に、不眠症を生み出すのです。
→精神活動は、熱い関心をもって生きいきと、肉体労働は、意識的に霊と共に働くように、意味ある働きを。子どもには
オイリュトミー。
●試験制度の全廃は一つの「理想」にすぎないでしょう。ですから皆さんの反抗心をはげしく外に向って発揮してくれ、と頼むつもりはありません。どうぞ現代文化に対してつきつけなければならない刃を内へおさめておいて下さい。そしてゆっくりと---この分野ではゆっくり働きかけることしかできないのです---人びとが別な考えを持つようになるまで、ゆっくりと働き続けてください。
→シュタイナー関係者は、結構、焦っている人が多いような気がする。早く実現させたい!と。でもやっぱり、「ゆっくり」。
「いか超」と同じ。
(所感)
他の方から「意識とは小さな死であり、死とは大きな意識である」との言葉を聴き、考え込む。また、「血液(霊的)と神経(物質的)が出会うと意識ができるのでは・・・」との言葉もあり、
オカルト生理学を読み直さなければ・・・とは思うけど、他にも読む本がたくさんあって読めない!
- 2006/03/05(日) 21:16:44|
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前回の続きの第十二講の読み合わせ
●頭は絶えず動物界を出現させたがっている。胸部や肢体が解消させられる。動物界を思考内容に留める。過度に動物的なものを生み出そうとすると、偏頭痛やそれに類した症状を生じさせる。
●胸部は植物を作りだそうとする強い傾向をもっている。頭と肢体が反抗する。その結果、人間は炭酸ガスを外へ放出して、植物を自分の中に生じさせない。外界で、人間は植物をその炭酸ガスから生じさせている。植物界はメタモルフォーゼを遂げた炭素なのです。人間の中に植物化の傾向が少しでも生じた瞬間に病気になる。
●「周囲の植物界の中には、私たちの病気すべての姿が現れている」
●肢体は、鉱物を絶えず分解しようとしている。結晶過程を生じさせると通風や糖尿病のような、非常に破壊的な病気が生じる。(自我は力の中に生きている。エネルギー体の中に生きている。エネルギー体が結晶を分解する?意思?)
(所感)
P189後半~P190前半がわからん!植物の結実過程=体内で酸素と結び付く=燃焼過程・・・。食べ物に火を通すことや太陽に当てることは、結実過程?「魂の働きとしての呼吸と、体の働きとしての自然過程の中間段階との不思議な関連」?「一体どのようにしてさまざまな熱が相互に働き合うのか」?「外なる植物における空気と水の相互作用が人間にどのように働きかけをするのか」?
「人間は自分の中で鉱物を分解し、自分の中で植物界を反転し、動物界を霊化するのです。つまり自分を超えて先へ進むという作業を行わなければならないのです、・・・」自我を超えて?ということか?
- 2006/02/19(日) 23:42:55|
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前回の続きの第十一講の読み合わせ
●生まれた時、頭はもっぱら体的、最も完全な発達を遂げた人体部分、夢見る魂と、まだ眠っている霊が存在。胸の組織は、体的、魂的であって、霊だけをまだ夢想する部分。肢体はまったく目覚めているのですが、まだ未発達であり、成熟していません。
●第二の歯が生えてくるのは、頭の形態が完成したのです。
●子供の不完全な霊ともっと不完全な魂だけを育成すればよいのです。(7歳以降は、ということ?もっと不完全な魂?)7歳までは、自然の霊が教育(ある程度頭の霊を目覚めさせる)してくれる。
●低学年の時期に、つまり子どもがまだ私たちに心を開いてくれている間に、読み書きを芸術的な仕方で子どもに教えなければならない。胸部組織を通して成長してくのです。
●人間をノッポにするものは、すべて記憶力の育成と関連しているのです。あまりに想像力を要求する時には、子どもの成長を引き止めます。
(所感)
教育とは自然の働きによる成長(体、魂、霊)を妨げないように社会の中で生きるための文化習慣を学ぶことか?今の教育は成長を妨げながら、文化習慣を学ばせている?
現代科学で母乳にダイオキシンがあるからといって、飲ませないのは頭の霊を目覚めさせないことになる。
眠れる意思と目覚めている肢体・・・。まとまらない。
- 2006/02/06(月) 12:19:28|
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前回の続きの第十講の読み合わせ。いつもの場所は「いずみの学校 高等部」なのだが、まだ、学校が始まっていないので寒い。そのため、主催者の方のお部屋ですることになった。(たくさん本がある!)
●頭を球に、物質界において比較的完結した形。隠された部分が最も少ない。胸を三日月形に、背後が体として現れ、その前方は目に見えぬ魂の領界。肢体は球の半径の部分が可視的になり手足としてあらわれている。
●頭の中にも、肢体があり、それは、上下の顎骨。
→英語版しかないようだが、医学的に、腕や足の骨が、どのように上下の顎骨にメタモルフォーゼしているかの本があり、図の部分しか理解できないが、目で見るとよく分かる。(メタモルフォーゼって、フラクタル(相似)の拡張された様なものなんだと初めて気づく)
→
治療教育講義を読んでいる最中だが、丁度、手足が大きく、頭の下半分が発達した子の実例(第六講)を読んでいるところ。(シンクロしている?)
●血と筋肉は意思の組織。
→血は自我の物質的な表れとか
オカルト生理学で読んだのだが、この辺がまとまらない。(自我は、霊の入れ物?)
(所感)
やはり、意思と思考と感情と反感と共感と認識と記憶と想像力と概念と形象作用と表象と・・・、この辺が整理できていない!
日本アントロポゾフィー協会がもめているらしい。なんでもNPO法人化したことにより、経済的な事務処理で、経済的な課題が多くなり、物質的な事柄が増えよくないとかなんとか・・。なんだか、シュタイナー関係は、分裂が好きだなあ。(高橋巌さんも子安美知子さんもこれには属していないらしいし。)
- 2006/01/15(日) 15:02:59|
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前回の続きの第九講の読み合わせ。
●思考活動を意識化していない。(結論⇒判断⇒概念)
→確かに、結論も判断も概念も同じものにか思えない。
●概念は眠れる魂の奥底にまでおりていき、そこから体にまで働きかける。目覚めた魂(→結論?)は体に働きかけない。夢見る魂(→判断?)はわずかながら体に働きかけ、体の中に習慣的な態度を生じさせる。
●子供時代に親や先生がどんな概念を植え付けられたかで成人の顔から輝きでるもの(人相?)が形成される。子供の時に正しく祈ることのなかった老人は、他の人を正しく、力強く、祝福することができない。
●結論だけが意識的に目覚めた生活の中で幅をきかせる。教育上特に注意しなければならないのは、結論に関わることは、すべて、子どもたちとよく話し合うということ。皆さんが作り上げる概念は死んでいる。生きた概念が必要で、有機的に人生そのものと共に変化を遂げる。
●歯の生え変わるまでの子どもにの生活には「世界は道徳的である」という無意識の前提(過去)。思春期までの時期は「世界は美しい」という無意識の前提(現在)。思春期になってはじめて「世界は真実でなければならない」と感じる素質が前面にあらわれる(未来)。
●思春期以降に授業は、体系的、学問的な性格を取り扱い始める。
(所感)
「羊飼いの子犬と、肉屋の子犬と、クッションの上の子犬とを扱った物語」と「ホフマン・フォン・ファラースレーペンのスミレの詩」が知りたいとおもったら、「
教育芸術1」と「
教育芸術2」を貸してもらえた。今年はこれで終わりで次回は年明け2005-1-14までないのでそれまでに読みたいと思う。(読めるか?一人で?)
- 2005/12/18(日) 00:54:54|
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いずみの学校関係者を中心に一般人間学の勉強会があるのを知り、参加した。
ルドルフ・シュタイナー教育講座〈1〉教育の基礎としての一般人間学この日は、「第八講」でした。本は、図書館から借りただけで一度も読んでない状態で参加してしまいました。(次回までに購入だけはしておこう)ので、ここで記載されていることは、大きく外れている可能性がありますので、ご指摘いただければ幸いです。
●記憶とは、本来眠っている意思が無意識の中で一つの表象を捉え、それを意識の表面にもたらすことによって生じる。記憶の活力も眠れる意思によって提供される。子供の記憶力を強めるには、感情と意思から育てていかなければならない。
●十二感覚
認識感覚
→自我感覚・思考感覚・言語感覚・聴覚
感情感覚
→熱感覚・視覚・味覚・嗅覚
熱感覚(感情的)と触覚(意思的)は違うもの。視覚活動は色だけで線や形は身体全体で知覚(全身に広がる運動感覚)。
意思感覚:いつも感覚を眠らせている。人は意思の中では眠っている。
→均衡感覚・運動感覚・生命感覚・触覚
●人間を三つの観点から霊を含めて考察しなければならない。
霊は、目覚めと眠りと夢のような、異なる意識状態を通して把握。
魂は、共感と反感を通して、言い換えれば生命状態を通して把握。
体は、形態状態を通して知覚される。
頭 :球形
胸 :半月形
肢体:線形
その形態学について
霊について意識状態の中でどのように働いているか述べない限り
魂について共感と反感の間でどのように働いているかを示さない限り
体について真実の携帯の中で把握しない限り
正しい取り上げ方はできないのです。
(後で第七講を自分で読んで、気になったところ)
子供は、意思と感情が密接に結びついている。感情は運動と切り離せない。老人は、認識する思考が感情と結合、意思が独立している。
- 2005/12/05(月) 22:58:40|
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